車の匠 No.182 レーストラックジャパン/東京都江戸川区/高橋英樹

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RACETRUCK JAPAN

HIDEKI TAKAHASHI

レーストラックジャパン

高橋英樹

高橋代表の仕事について聞いた時、真っ先に出たのが「修理屋」というキーワード。 整備士でも車屋でもなく「修理屋」だった。 その言葉の意味を理解すると、高橋代表の柔軟な考え方と人情の厚さが眩しく見えた。 大切な愛車をあずけるなら本当の「修理屋」がいい! 本当の「修理屋」はレーストラックジャパンにいます!

取材:サイバーブレーン朝妻

アメ車の世界を知って、いかに自分が小さな世界小さな考えでいたかを痛感させられたよ。

初めてこちらに伺ったのですが、個性的な車が工場に沢山あって驚きました!

弊社は輸入車の中でも特にアメ車の修理とカスタムがメイン業務ですが、その他で中古車の販売も行っています。 だから工場にもストックヤードにも面白い車が並んでしまうんですよね(笑)

高橋代表がアメ車好きで今の工場のスタイルになったのですか?

実は最初はアメ車がそんなに好きではなかったんですよ(笑) 免許取りたての頃は、HKSさんなどのショップカスタムが全盛の時代で。僕はただの車好きの若造だったんですよ。 でもね、やっぱり二十歳そこそこの若造ですからレースで勝つためのチューンアップをする費用が無くて、自分で何とかできないかと思って国産車を扱う工場に入ったんですよ。 その当時は右も左もわからないのに、工場の休みの日にエンジンをおろしてはどうしたらいいのか考えていたんですけど、車のイロハもわからない若造でしたから先輩が色々知恵を貸してくれるんですよ! その工場で最初の車に対するノウハウを身につけていったのですが、その時はまだアメ車よりももっと凄い車があると思っていましたからね。 最初からアメ車にフォーカスをしていたわけではないんですよ。

いつ頃アメ車に目覚めたのですか?

最初の工場で整備士3級を取ったばかりの時に工場を任されるまでになったんですけど、任されるようになったからには勉強しなきゃ!と思いまして、一旦自分の車をカスタムするのは止めたんです。 色々勉強を初めて、沢山の勉強会に参加していたのですが、やっぱり車好きの血が騒ぐんですよ。 まだ20代前半の血気盛んな頃ですからね。日本では狭かったのでしょうか(笑) 自分を試してみたくてアメリカに行ってみようと思いました。 25歳位だったかな?でもアメ車に目覚めてアメリカに行ったわけではないんですよ。

アメ車にフォーカスしたきっかけは?

チャーリーシーンが出ていた「ノーマンズランド」っていう映画に出ていたポルシェがかっこよかったからかな(笑) 実のところはお世話になった講師の先生から「国産ばかり修理しても本当の修理屋にはなれないよ!どんな車でも直せてこそ本当の修理屋だよ。」と言われた言葉が引っ掛かっててね。 片道切符でアメリカに渡って、言葉もわからない状況でどうにかアメリカで車の修理工場に勤めることができたんだよ。 そこの修理工場が砂漠を走るレースに参戦していたんだけど、ずっと完走すらできていなくて、僕のような外国人を雇ってくれた恩もあるし「よし!まずは参戦している車を完走させよう!」って思って気持ちに火が付いたことがきっかけかな? 最初は3ヶ月くらい行ってみようと思ったのに、レース参戦で6年もアメリカで過ごすことになりましたよ!

単身でアメリカ行くことに怖さはありませんでしたか?

危ない目にあうこともあったけど、住んでしまえはそこで暮らす人がいるんだから死ぬことは無いと思っていましたね(笑)

砂漠でどんなアメ車のレースだったのですか?

ピックアップトラックっていう種類の車だよ。 その他にもドラッグレースに出たりして、別に注目もしていなかったアメ車が凄いタイムを出すのを目の当たりにしたんです。 アメ車の世界を知って、いかに自分が小さな世界小さな考えでいたかを痛感させられたよ。 だけど、思考の物差しをmm(ミリ)からin(インチ)に切り替えたら、日本で自分がしてきたカスタムや接客、修理のし方を全部繋げて結果を残せる場所がここにあると確信できましたね!

日本に帰ってすぐにレーストラックジャパンを立ち上げたのですか?

不思議なことにある程度の結果を残して納得できたから「さぁ!次は自分で何かしなければ!」って思えたんですよね。 すぐに工場を立ち上げたわけではなく、知り合いのショップに間借りして今までの経験を形にしようと試行錯誤の日々でしたよ(笑) そこで自分の腕がどこまでかバロメーターを知る仕事があったんです。

自分の技量のわかる仕事とは?

故障診断です。 当時は出張で、何が悪くてどこをどう直せば良いのかを沢山の工場に回って整備士さんに落とし込む仕事をしていました。

実際にレーストラックジャパンとして立ち上げたのは?

14年くらい前かな? レースをしていた時の仲間が「レーストラック」というブランドで車関連の仕事をしていて、じゃあグループカンパニーみたいに「レーストラックジャパン」にしよう!って言って立ち上げました。 立ち上げた以上、今までの経験が全部活かせる場になって、僕を活かし生かしてくれた人がいたのだから自分も同じ経験を他の人にさせて上げられる人間になろうと思ってね。 だから社内は外国籍のスタッフもいるんだよ。

国産の依頼も受けられることはあるのですか?

もちろんあるよ。 実際ずっとやっているのが輸入車の修理が多かったから、お客さんからの紹介だとか口コミでどうしても輸入車が多くなるんだけど、輸入車でも国産車でも何でも直せてこそ修理屋だからね!

これだけ濃密にアメ車と向き合った高橋代表が思うアメ車の魅力は?

タイムを出して走るだけじゃなく、魅せること、その場の雰囲気を作ることができるところかな。

レーストラックジャパンのカスタムの特徴も魅せることなのでしょうか?

僕たちのカスタムの特徴は魅せるももちろんだけど、その車のオーナーが乗って楽しいと思えるセッティングに辿り着けることが特徴でもあり、強みでもあると思うよ。 オーナーのドライビング技術にあったセッティング、生活環境にあったカスタムができると思っています。

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定休日:日曜日

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