車の匠 No.227 シルキーシックス/東京都江戸川区/原利之

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SILKY6

TOSHIYUKI HARA

シルキーシックス

原利之

原代表からは男気を感じる。一貫してやっている事に筋が通っているのだ。 それは幼少期に感じた車への想いが年月を経ても色褪せないまま持ち続けている証拠に他ならない。 6シリーズのユーザーから愛されるのはその想いが共有できる相手だから。 6シリーズの専門店として貫き通すその姿勢をまだ知らない6シリーズユーザーに伝えたいと思った。

取材:サイバーブレーン朝妻

全部バラバラにしてパーツも内外装も全部きれいにして返すってだけ、俺がやっていることは始めた時となんにも変わらないんだよ。

起業の経緯を教えてください。

高校の時は建築科でその時に「車屋になりたい!」と思って、18歳〜20歳整備工場で働きながら整備士免許を取りに行ったんですよ。 その後、20歳から38歳まで物流の会社で配送をしていたんです。 最初の5年でお金を貯めて車屋になろうと思ったから。 それがなぜか38歳まで居座ってしまいまして、親父も爺さんも60代で亡くなったから「マズイ!人生の三分の二が終わる!」って思ったの。 それで配送の仕事を辞めて車屋を始めたんだよ。

なぜ車屋になりたい!と思われたのですか?

スーパーカー世代だもん。 晴海のスーパーカーショーに行ったからね。 俺ら世代は8割9割が原点がそこじゃないかな? 当時はガキだったからみんながカウンタック派の中ぶっちぎりでランボルギーニミウラーがカッコいいと思ってたよ(笑) サーキットの狼の時は3.0CSが好きだったな〜! その時から車屋になるように体に入ってきてたんだろうね!

最初から修理や販売がメインだったのですか?

最初はコーティング屋から入ったんだけど、初めから上手くいくはずもなくてあっという間に借金まみれ(笑) 磨いているだけじゃお金にならないと思って車の販売を始めたんだけど、何を販売するか考えた時にキレイな車が良いなと思って「よし!クーペにしよう!」って思ったんだよね。 1980年代のクーペを探したんだけど、その時の手持ちの予算で買えるのがBMW635しか無かったの。

そこからシルキーシックス(BMW6シリーズ)に特化されていったんですね!

動機としては不純だよね(笑) でもさ、キャリアカーに乗ってきた車を見たら、昔高校生くらいの時かな?親父に連れて行ってもらった富士のレースでBMW635がワンツーフィニッシュした時の記憶が鮮明に蘇ってきて「かっこいい!!!」って鳥肌が立つほど思ったね。 それがきっかけでうちの工場が今のスタイルになったんだよ。 気づいたら起業して11年(笑)

かなりニッチな選択でしたね。

そうかな?シルキーシックス好きは結構いるんだよ(笑) 最初のBMW635がきっかけでBMWの6シリーズと5シリーズの集まりがあるっていうから行くようになったんだよ。 そうこうしているうちにウチにあった117クーペとM6を取り換えてほしいっていう人が出てくるようになって、ウチのデモカーにしているシルバーのM6が来るようになって、その2台を工場で並べていたら廃品回収のおじさんが「俺も黒のM6を持っているんだけど買い取ってくれないか?」って話が来たんです。 その3台を工場で並べるようになった頃、6シリーズの集まりに参加していたクラブオブジャパンの当時の役員から「30周年で車を展示車両として出してくれないか?」って話が舞い込んできたんですよ。 その時はまだ専門店にするつもりじゃなかったんだけどね。

専門店になったきっかけは?

その30周年イベントに展示車両を出すにあたって屋号を「シルキーシックス」にしたんだよ。 そのイベントを機に、シルバーと黒のM6の2台が売れてコーティング屋時代の借金も返したんだよね(笑) 専門店化しようと思ったのはこれがきっかけ。

6シリーズだけに特化するということに不安はありませんでしたか?

当時、ほかのBMWを扱っている会社の社長にも「潰れるから止めとけよ!」って言われたんだけどね、今から新しい車種覚えるって無理だと思ったもん! キレイに言えば6シリーズに特化する方が深く理解できて良いかと思ったから、正直言うといろんな車の知識を納得いくまで身に付けるって大変でしょう?(笑) 反対の声もあったけど、浅く広くより狭く深くが性に合ってるから「俺にはコレしかできないから6シリーズで行く!」って言って専門店になったんだよ! だから特に不安は無かったよ。逆に面白くなってきたくらい!

そこから波に乗ったんですね!

その時次から次へと6シリーズが手元に入ったっていうのが大きいよね。 でもさ、最初の3台を突き詰めている間は英語とドイツ語の辞書、英語とドイツ語のBMWのマニュアルと毎日にらめっこしながらやっていたよ。 当時ネットなんてないから自分で何とかするしかなかったし、BMWユーザーとの繋がりもないから物凄く必死だった(笑)

それはどう解決されたのですか?

6シリーズだけのイベントをやる事にしたの。 あとはホームページかな?ホームページっていうのも出始めの頃。 最初はホームページビルダーで自分で作ったけど見るも無残(笑) 車の仕事をする前のお客さんがホームページに細工をしてくれて「BMW E24」って入力するとyahooで1番上に来るようにしてくれたんだよ。 それからホームページを見たっていうお客さんが来るようになってBMWユーザーとの繋がりが広がっていったね。 6シリーズ探している人はホームページ見てきてくれて、古い車だけど内外装全部ピカピカに仕上げていたからすぐ買ってくれたよ。

販売車両1台あたりにかなり手をかけられていたんですね。

そうだね、コーティング屋の技術があったからピカピカにできたと思う。 内装クリーニングも勉強していたし、買ってきた車を1度バラバラにしてダメな部品を取り換えて、使える部品も全部きれいにしてから組みなおしていたからね。 元々整備士だし、自分の車も6シリーズだからばらし方はわかるけど、組みなおす工程を何度もやっていけばどこが壊れやすいとかノウハウはどんどん溜まったよ。 それでもまったく故障が出ない車なんてないから、その時はBMWを扱っている仲間に助けてもらったり本国マニュアルとにらめっこ(笑) 手間はかかるけど、車種を絞ってずっとやってきたから3年目くらいにはわからない事象がほぼ無くなったね。 そこで名実ともにやっと専門店になれたかな(笑)

ちなみにイベントはどんなイベントをされたのですか?

インポートカーショーに出展したこともあるんだけど、とにかく6シリーズを飾っておかれるのが嫌だったんだよ。 乗らないで飾っておくだけなんてエンジンかけないし痛むでしょう? それなら1年に1度6シリーズのミーティングをやれば否が応でも年に1度は動かすでしょう? やるなら全国7か所まわろうと思ってシルキーシックス全国ミーティングっていうのを始めたんですよ。 11月のイベントだけはフォーエバーミーティングっていうタイトルになっているんだよ。 1番最初はね、忘れもしない2011年3月11日に九州でのシルキーシックス全国ミーティングだったんだけど、震災があって九州のメンバーも「中止でしょう?」って聞かれたんだけど24時間以上かけて九州まで行ったんだよ。 九州のホテルでテレビをつけて大惨事を知って愕然としたよ。 その後も4月に四国、中国地方回る予定だったんだけど、自粛しなきゃダメかなって思って一時中断してた。 でもさ、関西のメンバーから経済って回さなきゃダメだよ!やろうよ!って言われて再スタートしたんだよ。 9月東北でシルキーシックス全国ミーティングをやって、復興の邪魔にならないように尚且つ北陸地方にお金を落とそうってことになったんだけど、福島の会津あたりは風評被害でどこもキャンセルになっているところが多かったからそこに仲間を呼んだのを覚えているよ。 最終的には北海道も全部回れて良かったなって思っています。 毎年やっているから今年で7回目だね。

どうやってシルキーシックス全国ミーティングへの参加者を集めていらっしゃるのですか?

WEBで告知してSNSでも告知してるよ。 6シリーズのユーザーが興味持って参加してくれるじゃない?そうしたら何かあった時必然的にウチを思い出してくれると思うんだよね。 でも大事な自分の愛車を預ける相手の顔がわからないって嫌でしょう? それもあって毎年シルキーシックス全国ミーティングやっているんだよ。 膝つきあわせて酒を飲んで6シリーズの話を一緒に楽しくしたら理解してくれるよ。 俺を信用して車を預けてくれるなら想像以上に仕上げて返すようにしてる。

原代表が思う顧客の想像以上のサービスとは?

昔とやっている事は一緒。 全部バラバラにしてパーツも内外装も全部きれいにして返すってだけ、俺がやっていることは始めた時となんにも変わらないんだよ。 磨けるところは全部磨いて返す。 足回りの修理で預けたけど、車ピカピカで戻ってきたら嬉しいでしょう? 6シリーズのユーザーにはキレイに乗ってほしいからね。

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