車の匠 No.260 VICTORY50/東京都江東区/内田幸輝

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VICTORY50

YUKITERU UCHIDA

VICTORY50

内田幸輝

内田代表から聞いた過去から現在に至るリアルな話に、「運命」だとか「奇跡」を信じられる要素がたくさんちりばめられていた。 思い続ける、やり続けるその力の源は「自分が楽しいと思うこと、好きな車、好きな仲間」。 この人の背中を見てきた人は人生をハコスカと一緒に楽しむことができる人たちなのだろうと思う。

取材:サイバーブレーン朝妻

1台でも多く、オリジナルに近い状態で後世にハコスカを残すことが俺のミッションだと思っているからね。

起業されたのはいつ頃ですか?

祖父の代からだから正確にはわからないんだよ。戦後だからね。 認証工場に割り振られている番号で、東京は7000番代まであるんだけどうちは東京42番目に資格を取った認証工場なんだよ。 世代交代は30年くらい前だったかな。

世代交代をされる前も車関連の会社にいらっしゃのですか?

そうだよ。整備の専門学校を出てすぐに実家の仕事ってわけにはいかなかったから日産プリンスで最初は働いてた。 入社の時にさ、みんな面接受けるでしょう? 志望理由を聞かれてみんなまともなことをいうわけよ!俺さ「スカイラインのパーツが社販で買えるから」って答えちゃって、あ~落ちただろうな~って思ってたんだけど受かったんだよね! 実際入社して仕事始めてからのお給料のほどんどがパーツに吸い込まれちゃった(笑) 部販の人からいつも「今月パーツは何買うの?」って連絡がきて、新品パーツの入った段ボール箱に「内田くん」って名前が書かれて山積みになってたな~! そんな前職の時代を過ごしていました。

世代交代を機にハコスカに特化していったのですか?

最初は違ったよ。日産プリンスに入社して何年か後だったんだけど父が倒れて実家の仕事を継いだかたち。 親父の代の借金があったから、世代交代して最初の15年くらいは返すのに必死だったよ。 もうね、寝ないで仕事してた! 法人のトラックとかをメインにしていたから、週末引き取りの土日メンテナンス、月曜朝一に車検通してその足で納車なんてことずっとやってたね。 借金が返し終わって、合資会社から有限会社内田モーターワークスに変更したんだ。 祖父から父、父から自分に会社が継がれただけで、自分だけで何かしたわけじゃないし、借金も自分の代で終わらせたし、それじゃあもう自分の好きな事しよう!って思って大好きなハコスカに特化しようと思ったの。

ハコスカを最初に購入したのはいつ頃?

18歳からハコスカ乗ってたんだよね。 今は高価な車になっちゃったけど、18歳の時の先輩が車の税金を払えなくて「税金払うならお前にやるよ」って言われたのが手に入れたきっかけ。 その時は飛び上がるほど嬉しかったよ!憧れの車だったから。 でもさ、もう1年車検でボロボロ(笑)だから乗れば壊れるし、壊れたら直すでしょう? やっていくうちにどんどんハマって整備が楽しくなっていったのがハコスカの専門店になっていくきっかけでもあったよ。

憧れがあったということは、小さい時に見たり触れたりしていたということですよね?

小学校3年の時にボーイスカウトに入ってて、その時の隊長がハコスカのGTRに乗っていたの。 キャンプ行く時にみんなでマイクロバスに乗るんだけど、遅刻しちゃって隊長の4ドアのGTRに乗せてもらって、その時に「この車は凄い!」と思った。 強烈に印象が残ったんだよ。 修理屋ってさ、代車が普段の乗用車になっちゃうんだけど、その時のGTRが父親のカローラとは比べものにならないくらい加速も音もカッコよくてね! 「大人になったらハコスカに乗ろう!」って決めてた。 実はね、その時のGTRに今俺が乗ってるんだよ。

本当ですか?運命の1台じゃないですか!

そうなんだよ。ボーイスカウトの隊長がGTRを某雑誌の売買欄で売りに出していて本当に偶然俺が見つけたんだよ。 ボーイスカウトをやめてから何十年もたっているし、疎遠にもなってたけど電話したら覚えていてくれて、その時に俺聞いたの「なんで売りに出しちゃうんですか?」って、そしたら「歳だし、最後の車にするならロータスのスーパー7に乗りたいと思ってる」って言われたんだよ。 それで、じゃあ俺に譲ってくださいって改めてお願いしたら「内田なら変な改造もしないし、ナンバーも変わらないし、散歩がてら見に行けるからいいよ」ってOKもらった。 本当に運命感じるよね。だからハコスカが大好きなんだよ。

そうなるともう家族の一員のように思えますよね!

まさにその通り、俺もハコスカをお客さんに渡す時はちゃんと大切にしてくれるかどうか話し合ってから進めるようにしているよ。 もう50年近くたつ車だもん、それはメンテナンス大事だよ。 それをやってあげられるかどうか、保存の環境はどうか、ちゃんと聞くようにしている。 ちゃんとした人に車が渡ると、ちゃんと車が残るでしょう? 1台でも多く、オリジナルに近い状態で後世にハコスカを残すことが俺のミッションだと思っているからね。 でもさ、好きすぎて直すところみんな直しちゃうから正直赤字(笑)

赤字はマズイですよね?それではどうやって利益を出すのですか?

長く車と付き合いを続ける中で、当時の部品なんてそんなに出回ってないんですよ。 だからうちはオリジナルで部品を作るんです。 その時に活躍するのが、俺が日産プリンスにいた時に「内田くん」と書かれていた新品パーツの入った段ボール! オリジナルで手付かずのままなので、それを型にしてアフターパーツを作っています。

パーツは海外生産ですか?

いや、国内の方が多いよ。 戦前からこの仕事をしているから業者の繋がりは沢山あるんだよ。 だけど、ロット数がネックになって作ってくれない物もあったね。そんな時は御百度ふんで「ハコスカが大好きだから残したいんです」って言い続けた。 そうしたら真剣なことをわかってもらえたみたいで、話を聞いてもらえるようになったんだ。 最低ロット数が5000個っていわれても、そんなにハコスカは日本にいっぱいないよ。 それでもパーツがなきゃ車検も通らないし、車も動かないからね。最低ロットで割高になっちゃったとしても作っています。

凄い情熱ですね!

これはさ、言っていいのかどうかわからないけど、銭より車が好きなんだよね。

お客様も同じようなハコスカ好きが集まっていらっしゃるイメージです。

だいたいはそうだよ。 それじゃないと車をコンディションが良い状態で存続できないからね。

そういったアドバイスやご提案はきっちりされていそうですよね?

もちろん、旧車をこれからも乗ろうっていうんだから、直さなきゃいけない箇所ははっきり言うし、それなりにメンテナンス費用の掛かることだから前もって説明はきちんとする。 よその店で「いくらって言われました」という方はよその店でやってもらうようにしています。それじゃないと職人だってかわいそうだしね。

    

これからやってみたい事はありますか?

ブレが無いんだけど、今までもこれからもハコスカが好きなお客さんと一緒に前を向いて、車を良い状態で残していきたいな。 もうめったやたらと新しい仕事が欲しいって感じではないから、ちゃんと仕上げた車が世の中に残ってくれたらそれでいいよ。

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